2020年、
世界に結界が張り巡らされた。
到来した災禍から身を守るために、私たちはその結界のうちに引き籠ろうとした。
束の間の孤絶、その先で再び元の世界を取り戻せるはずだった。
しかし、その期待は裏切られた。張り巡らされた結界は完全ではなかった。
綻んでいた。
ほつれた縫い目、蟲食いの穴からは、無情にも災禍の風が吹き入り、
結局、今もなお私たちはその業風に取り巻かれている。
そして、繕っても生じてしまう結界の綻びを、性懲りもなく縫い合わせ続けている。
呪われし綻び。
憎たらしき綻び。
しかし、私たちに孤絶を禁ずるその綻びは、一方で、私たちを孤絶から救いだす糸口でもあったはずだ。
もしもこの壁が、この窓が、この皮膚が、この膜が、完全に閉ざされた結界なのだったとしたら、
と想像してみる。
私はたちまち窒息してしまい、おそらく一瞬だって生きていくことはできない。
私だけじゃない。
あらゆる命がそこでは死に絶えてしまうに違いない。
綻びのために私たちは孤絶しえない。
綻びのために私とあなたは無関係ではいられない。
祝福されし綻び。
悦ばしき綻び。
私たちに死をもたらす綻びは、同時に私たちの生の条件でもあるのだ。
天岩戸のように堅牢で重厚な外観をもつ角川武蔵野ミュージアム。
外界から隔たれ、清潔さの行き届いたこの空間にさえ、目には見えないだけで無数の生命が蠢いている。
それらを運ぶのは私たちかもしれない。
私たち自身もまた動く綻びなのかもしれない。
もし、綻びから吹き入る風に傷ついたなら、結界を張り直すより前に、
まずはその傷口にそっと手をかざしたいと思う。
誰も孤絶していない。
その綻びを綴じることはできない。