鴻池朋子


1960年生まれ。様々な地上の物質、地形や天候、さらには観客の身体をもメディアとして取り込み、これまでの芸術を学際的に検証し、その根源的な問い直しを試みている。近年の個展は、2016年「根源的暴力」群馬県立近代美術館(芸術選奨文部科学大臣賞)、2018年「ハンターギャザラー」秋田県立近代美術館、「Fur Story」 Leeds Arts University、2020年「ちゅうがえり」アーティゾン美術館、他。

《武蔵野皮トンビ》鴻池朋子 2021年

© 2021 Tomoko Konoike Courtesy of Kadokawa Culture Museum

作家ステートメント

美術館の中か外かというならば、もはや私はどこであっても、その展示場所に特に違いはないような心持ちになっています。けれどもひとつ思う事は、美術館の中はとても安全で守られている、それが一番の弱点と感じるようになってきました。理不尽な事を言っているようですが、その“妙な感触”というのは、遡れば東北の震災を経たあたりから、より自覚的になってきたように思います。感覚は言語に先行して情報を捉えます。人間にとって利点である「守られている」ということを、なぜ直観力は弱点とするのか、探ってみたいと思いました。

今回、この建物をつくられた鹿島建設の設計の方々には多くの助言をいただき、作品を安全に展示するため共に検討を重ねました。建物の外壁は1枚60kg、厚さ約7cmの花崗岩を特殊な技術で積み上げてできています。設置はこの外壁を覆う石と石の8mmほどの隙間から、15cm奥にある胴縁と呼ばれる石を支えるための下部フレームに、作品の吊り元を取ることで可能になりました。石の隙間から独自の工具を差し込み、下部フレームにパラシュートコード(紐)を通し留具を結わえます。その約400箇所の留具に、作品の画面側から穴を開けて結束バンドを通し固定していきました。この設置に関わった職人の発想力、技術力とチームワークが、何よりも実現化に大きく作用しました。作品の創造性というものを問うならば、正にそこにあったと思います。

設置の構造は台風時にも耐える仕様になっていますが、作品自体は床革(とこがわ/牛革を漉いた際にでる裏革)を縫い合わせ、水性塗料を塗っただけの素朴な製法で、いわゆる絵画を屋外に晒しているような状態です。ですから、雨を受け太陽にあたれば、どんどん経年劣化して朽ちていきます。そこには、これまでの美術館の中で成立していた、永遠とか、普遍とかいう言葉は何一つ通用しません。当たり前すぎることですが、地上に存在するという事は、常に動的で外部に晒され、未熟で、同じものではいられないからです。 これまで芸術が特権的に提示してきた美の価値観、文化と経済のグローバリズムの基準というものが大きな転換期を迎えています。世界中に数ある美術館たちが、従来の芸術のプロトタイプをどう乗り越えていけるかの正念場にきており、この新しいミュージアムも例外ではありません。

「動物の皮」というその躯体に、何か“敵意”のようなものさえ孕みながら、しなやかに岩肌にへばりつき、雨や風や太陽や鳥などと呑気にやりとりしながら、人間の皮膚のようにタフに歳とっていきます。「皮トンビ」はこれから約1年間、ここに棲みつきます。

© 2021 Tomoko Konoike Courtesy of Kadokawa Culture Museum

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