館長通信

写真:中道淳

No.742024/01/15

免疫力と酵素力

先だって初めて発熱外来に行ってきた。掛かりつけのクリニックなのだが、初めて小さな別室に通され、さっそく二つの検査をされた。コロナ感染をしているのでも、インフルエンザに罹っているのでもなかったけれど、ただ何かの炎症が起こっていて、「免疫力が弱くなっていますね」と告げられ、「酵素飲料を飲んでみたらどうですか」と言われた。

免疫力というのは複雑なしくみによるもので、かんたんにいえば体に侵入してくるウイルスなどの抗原に対して抗体ががんばってくれることをいう。ウイルスという「非自己」(not-self)の侵入を利用して、体を守る抗体という「自己」(self)を形成していくのが免疫システムなのである。その抗体は免疫グロブリンという血清タンパク質でつくられる。

一方、酵素は体内のさまざまな反応力を触媒として応援するもので、消化酵素や代謝酵素が各種控えている。やはりタンパク質でできている。私たちの体内の化学反応は常温ではほぼ一定の速度で起こるのだが、酵素はこれを促進してくれるのである。

クリニックの先生が免疫力や酵素力を心配してくれたのは、私の体重がかなり落ちていたからだった。私はまもなく80歳になるのだけれど、昨年3度目の肺がんになってから体重が45キロまで落ちていた。あきらかにタンパク質に関する力が目減りしてきたのだ。長らく不摂生で不健康な日々をおくってきたせいだろう。

私の話はさておき、われわれの体は「タンパク質の劇場」であって、「タンパク質のミュージアム」である。体の多くがタンパク質でできていて、多くのはたらきがタンパク質の性質にもとづいている(抗体も酵素もそのひとつ)。そのタンパク質はいくつものアミノ酸が結合した高分子化合物なのである。

自然界にはアミノ酸は500種ほどあって、そのうちタンパク質を構成しているのは20種類にすぎない。この20種類のアミノ酸が組み合わさってわれわれのタンパク質を作っている。

だからこそ、遺伝子はこの20のアミノ酸をどのように組み合わせるといいのかという重要な設計図として組み立てられてきた。遺伝子はこのことを遺伝暗号(遺伝情報)として組み立てるという任務を担っている。私たちは親から受け継いだ遺伝情報によってタンパク質を作り、元気な一人前に育つのだ。

とはいえ、体を作るタンパク質だけでは生きてはいけない。体で合成できない必須アミノ酸は外から食事で摂らなければならないし、免疫力や酵素力はさまざまな体内の相互作用を活発化しなければならない。私のような無精者(ぶしょうもの)はここらへんが横着なのである。そろそろ心しなければならない。

それはそれとして、昨今は世の中の免疫力と酵素力も不活性になってきたようだ。明日の日本には、日本の体幹をつくりなおす免疫力と、日本の機能を活性化する酵素力が求められている。横着したら、あきまへんな。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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