館長通信

写真:中道淳

No.702023/11/15

神話作用が見えるように

このミュージアムの1階にはマンガ・ラノベ図書館があり、子どもたちは好きに坐りこんで絵本を手にとれるようになっている。3階にはEJアニメミュージアムがシーズンごとに趣向を凝らして、一世を風靡したヒーローたちの出現と活躍を愉快に見せてくれている。絵本、マンガ、ラノベ(ライトノベル)、アニメは現代の神話なのである。

ミュージアムにとって神話はたいへん重要なものだ。展示のリソースとして重要でもあるが、ミュージアムの歴史そのものが「神話世界の再生のプロセス」から生まれてきたとさえ言うべきで、どんなミュージアムにもいまなお神話のカケラがいろいろくっついているものなのである。

そもそもミュージアム(ムセイオン)の語源が、ギリシア・ローマ神話の女神ミューズ(ムーサ)にもとづいていた。世界の神話群は、それぞれの風土や民族や言語のちがいを如実に反映して形成されてきたので、絵本やマンガやアニメがそうであるように、どんな神話にも独特の特徴がある。

ヨーロッパではギリシア・ローマ神話の影響が大きいけれど、北欧神話、ゲルマン神話、スラブ神話、イベリア神話はイコン(偶像)もトーテム(象徴)もかなり異なっているし、アフリカ神話、オリエント神話、インド神話、オセアニア神話、南米神話はもっと異なっている。神々や英雄たちの性格や種類も異なる。

アジア神話も独特だ。中国神話の天帝は好色で浮気なゼウスとは似ても似つかないし、東南アジアには草木虫魚の多くにピーという小さな精霊のようなものが宿っているのだが、この精霊たちは北欧のコボルのようにはいたずらではない。バリ島の女神はおっかいないところがあって、北欧のエルフのように優雅なふるまいはしない。

日本神話も独特だ。なにしろ八百万(やおよろず)の神さまが入れ替わり立ち代わりして出入りする。アダムとイヴに当たるのはイザナギとイザナミだけれど、物語の途中でイザナミは亡くなって、黄泉(よみ)に行ってしまうのである。主要なパンテオンも三つに分かれていて、アマテラス中心の高天原パンテオンと、スサノオからオオクニヌシに主導権が移る出雲パンテオンと、ホノニニギや海幸彦や山幸彦や神武天皇をヒーローとする日向パンテオンでは、主人公も脇役も事件もガラリと変わる。

どうして各地各国各自民族の神話はこんなにもおもしろく、またそれぞれが独特なものに仕上がってきたのだろうか。絵本やマンガのように作者がいたわけではない。長い時間をかけて編集されてきた。

構造主義という枠組で文化人類学をまとめたレヴィ=ストロースは、どんな神話もブリコラージュ(修繕)されてきたと説明した。各地で語り部たちが物語を修繕しながら、その土地に特有なものを腕によりをかけて構成編集してきたというのだ。またロラン・バルトという研究者は、そこには[神話作用]というものがはたらいていて、その神話作用はその後の社会文化にとっても欠かせないので、そこから文学や絵本やマンガが派生してきたのだと分析した。

今、私たちはどんな神話作用を必要としているのだろうか。ポップアイドルやアニメヒーローは何を社会文化にもたらしているのだろうか。私はミュージアムの展示には、今日なおブリコラージュされつづけている神話作用が、なるべく見えるようになっていたほうがいいと思っている。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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