館長通信
写真:中道淳
No.562023/04/15
本棚が互いに喋り始める
私のところには毎日いろいろな本が送られてくる。著者からの新刊贈呈に加えて、版元の編集者が私の関心を見越してめぼしい新刊を贈ってくれるのである。すぐ読むわけではないが、一応はパラパラめくる。雑誌も来る。こちらもパラパラ見る。ありがたい。
いま私の仕事場(編集工学研究所と松岡正剛事務所)には7万冊ほどの本が書棚に並んでいる。3階建てフロアによって「歴史」「日本」「科学」「思想」「アート」「工芸」などと分けた。1階は日本関係ばかりで「本楼」(ほんろう)と名付けた。全集やシリーズ本は玄関スペースや階段スペースに並べて「井寸房」(せいすんぼう)と名付けた。井戸の中の本棚空間のように感じたからだ。
こんなふうに本を並べるようになったのは、50年ほど前に「遊」という雑誌をつくるために工作舎という小さな編集制作集団を立ち上げたとき、自分の蔵書をスタッフに公開して共有してもらうようにしたことがコトの始まりで、以来、入手した本はことごとく仕事場に公開するようにしてきた。
あまりにふえすぎて棚に入りきらず、少しずつ書棚を増設したが、それでも溢れてくるのでやむなく平置きにしたり重ね置きにしたり、小箱を導入したりしているうちに、「本の光景」が変化してくるのに気付かされた。最初は本が一斉に大騒ぎしているようだったが、そのうちに本たちがそれぞれゾーンやスペースのアドレスから、独自のブッキング・メッセージをおもしろそうに発しているように見えてきたのだ。
そこで書棚に特徴をつけ、並べ方に意図を加えたりした。なかなか配置が思うようにならない。毎年2回ずつ棚替えをし、その意図を組み直すのだが、そのうち本の並びが突如として「街の並び」や「建物の並び」のように見えてきた。全体に書域や書区や書列が組み上がって、本通りや本路地をつくっているのだ。
これはブックタウンだな、ブックストリートだなと感じているうちに、そこから新しい構想が見えてきた。そこで、その構想を慶応・京大・北大の仲間たちとともにいったん200万冊くらいの収蔵を想定したヴァーチャル・ライブラリーに設計してみようということにして、名付けて「図書街」という計画を発表した。200万冊の本が巨大なヴァーチャル空間に都市設計されているように組んだのだ。またそのためのポータル・インデックスとして「目次録」という「本の目次」を集めたガイドを用意した。
この構想を丸善ジュンク堂が実際の書店に落としてみたいと申し出てくれたので、3年間限定の「松丸本舗」という実験書店を試みた。松岡の松と丸善の丸の松丸だ。
本の共有空間はおのずと「共読」や「互読」を促す。読書は個人のアタマの中で静かに進行するだけでなく、いつしか外に躍り出て、互いに喋り始めるものなのだ。そこには読書ゲームに興じて踊るように活躍する棚のダルビッシュや本の大谷が必ず紛れて成長しつづけていた。
角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)