館長通信
写真:中道淳
No.442022/10/15
エディションという仕事
私は2000年2月からネット上に「千夜千冊」という、一夜に一冊の本を案内解説するブックナピゲーションを連載してきた。書評ではなく、好きな本を好きに案内する。
たとえばユダヤ・キリスト教では『ヨブ記』、世阿弥は『風姿花伝』、シェイクスピアからは『リア王』、ファラデーは『ロウソクの科学』、漱石は『草枕』、ジョン・ラスキンは『近代画家論』、バルザックは『セラフィータ』、鈴木大拙は『禅と日本文化』、アインシュタインは『わが相対性理論』、泉鏡花は『日本橋』、ロジェ・カイヨワは『斜線』、ポール・オースターは『ムーンパレス』、井上ひさしは『東京セブンローズ』、村田沙耶香は『コンビニ人間』などというふうに。ちなみにこれらの本はすべてミュージアム4階のエディットタウンの本棚に並んでいるので、気が向いたら手にとっていただきたい。
その千夜千冊が、最近1800夜をこえた。よくぞここまで連載してきたものだ。原則、一夜一冊ではあるが、一夜一著者でもあるため、その著者(作家や研究者やアーティスト)については、他の本や関連する本もどんどん採り上げてきた。そのためざっと2万冊ほどの本をナビゲートしてきたことになる。
2018年から、この千夜千冊からあらためて二十数冊ずつを選んで「千夜千冊エディション」(角川ソフィア文庫)という文庫シリーズに仕立てることになった。『本から本へ』を1冊目として、『文明の奥と底』『デザイン知』『情報生命』『少年の憂鬱』『理科の教室』『芸と道』『神と理性』『観念と革命』『心とトラウマ』『宇宙と素粒子』『サブカルズ』『仏教の源流』『全然アート』『日本的文芸術』というふうに連打してきた、今年の秋で25冊を突破した。
テーマを設定して、千夜千冊の中から選んだものを4~5章に構成していったのである。そのつど書き足したり削ったりして推敲するのだが、その作業に向かうと思いがけないほど没頭する。推敲を加えているので、元のオリジナル千夜千冊とは少しずつ中身が異なっている。そこが「エディションを提供している」という意味だ。
エディション(edition)とは出版物や刊行物の「版」のことをいう。第1版、第二版が1st edition、2nd edition にあたる。わかりやすくいえばオリジナルにもとづいた改定版がエディションだ。たとえば、いま岩波書店の名物辞典『広辞苑』は7版を数えているのだが、昭和30年(1955)の初版以来7回にわたるエディションを編集してきたことになる。
最近はITソフトウェアにもさまざまなエディションが出回るようになった。リミテッド・エディションは限定版、スペシャル・エディションは特別板、オーギュメント・エディションは増補版だ。
このように、エディションはもともとは刊行物やリリースの仕上がりをさす用語である。それが映画では「ディレクターズ・カット」として、音楽では「スペシャル・アルバム」などとして、エディションを注目するようになってきた。そんなことも手伝って、私は人生も仕事も実はどんなエディションをつくるかということにかかっていると思うようになってきた。私が編集人生を歩んできたから、こう言うのではない。政治も音楽もスポーツも、食事も服装も趣味も、考えてみれば広い意味でのエディションなのである。では、今日の日本はどのようなエディションを見せるべきなのか。まだ徹底編集がおこっていないような気がする。
角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)