館長通信

写真:中道淳

No.382022/07/15

デヴィッド・ボウイの100冊

ホメロスの『イーリアス』、ダンテの『神曲』、フローベールの『ボヴァリー夫人』、ロートレアモンの『マルドロールの歌』、D・H・ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』、カミュの『異邦人』、ナボコフの『ロリータ』、コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』、カポーティの『冷血』、R・D・レインの『引き裂かれた自己』、ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』、シルヴェスターの『フランシス・ベイコン・インタヴュー』‥‥。

これは『デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊』の中に入っている本の一部だ。それとともに4階エディットタウンの「ブックストリート」の棚にも入っている本で、かつ私の「千夜千冊」でも採り上げている本たちである。

誰がどんな本を読んでいるかというのは、けっこう気になることかもしれない。私はエディター時代にさまざまな作家やアーティストの家や仕事場に行くことがよくあったので、役得といえば役得、いろいろの私設本棚を見てきた。武田泰淳、澁澤龍彦、稲垣足穂、松本清張、福原義春、マンディアルグ、J・G・バラード、ロジェ・カイヨワ、バックミンスター・フラー、スーザン・ソンタグ、岡本太郎、滝口修造、武満徹、赤塚不二夫、磯崎新、加藤和彦、美輪明宏、ほかにもあの人、この人。

ただ、他人の本棚は実は本が多すぎて、実際には本人がどの本にどんなふうにフェチしているのかはわからない。それがジョン・オコーネルの本書ではボウイが首ったけになった100冊を聞き出し、その理由を綴っているので、まことに興味深い。

いきおい、ボウイの秘密も見えてくる。たとえばエレーヌ・ペイケルスがグノーシスの秘密文書を証した『ナグ・ハマディ写本』、エドワード・ブルワー=リットンが薔薇十字団の日常を描いた『ザノーニ』、エリファス・レヴィの『高等魔術の教理と祭儀』、魔法のような建築を設計したピーター・アクロイドの『魔の聖堂』、世の不思議を体験した連中の声を集めたフランク・エドワーズの『ストレンジ・ワールド』などもリストアップされているのだが、これらはオカルトいっぱい、怪しさ全開の神秘主義系のキメキメの本で、これにバイキャメラル・マインドの仮説を開陳したジェインズの『神々の沈黙』が加われば、ボウイはこれらを読んで何でもやる気になっただろうということが、ほぼわかってくるという数冊なのである。

自分がどんな本にぞっこんになったのかということを白状するのは、なんだか「お里」が知られるようで隠したくなるのがニンジョーだ。だから「そんなに覗くなよ」と言いたくなる。が、ボウイは違っていた。ボウイにとってのステージソングは、好きな本によって内側に差し込んできた未知の世界との出会いを曲に乗せ、声を震わせ、お気にいりの恰好で歌ってみせることだったのである。

読書はとてつもなくも奇妙な体験をもたらしてくれる。両手の中でページを静かに繰っていくだけで、突拍子もない世界に出会い、考えたこともないような真相を覗き、歴史に埋もれた光景が再現されていることを知る。その「ぞくぞく」をこっそり隠しておくのもいいのだが、ボウイのように、そこから好きな歌やファッションやパフォーマンスが出てくるというのも、大いにアリなのである。本はそのうち歌い出し、踊り出すに決まっている。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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