館長通信

写真:中道淳

No.222021/11/15

アナロジカル・シンキング

アメリカ企業や日本企業は巨きくなるにつれ、コンサルティング会社に経営方針や組織改革についての相談をする。ヒヤリングや調査が始まって、何度もレポートやプロポーザルが提出され、最終的には「出口」や「変革」が示されて、そこに至る経路と理由があきらかにされる。お値段はけっこう高い。かつてはマッキンゼーやボストン・コンサルティングが先頭を切っていたが、いまでは多くのコンサル屋たちが競いあっている。

コンサル各社には一貫した手法が共通する。「ロジカル・シンキング」というものだ。訳せば論理的思考になるが、状況や現状を分析し、そこから結論を導き出した根拠や数字を明示して、得意先の企業をロジカルに(つまり合理的な説明によって)納得させるのである。

ピラミッド型のフレームワーク、ロジックツリー、So What/Why soの問い、トゥルーミンモデルなどが駆使される。トゥルーミンモデルは推論をデータ(D)、ワラント(W)、コンクルージョン(C)であらわすことをいう。いずれも二値思考的に(イエスー・ノー型に)なっている。

たいへん説得力をもっていそうだが、しかしロジカル・シンキングには大きな欠陥がある。飛躍や保留や逸脱が排除されるのだ。なにもかもが辻褄が合って、ソリューションに向かってイエスー・ノー型に首尾一貫することが極端に重視されるので、飛躍・保留・逸脱が唾棄されるのだ。

これに対して、アナロジカル・シンキングという方法がある。連想性をいかし、「飛び」や「意外な発想」をおもしろがり、推論中に保留された事項や計画を捨てないという方法だ。ロジカル・シンキングは演繹法と帰納法を常套手段とするのだが、アナロジカル・シンキングは第3の推論の仕立てとして「アブダクション」という方法をいかす。

アブダクションとは、推論や思考の途中でいったん仮説形成をして、それによって見えてきた仮のヴィジョンやアイテムやプランやイメージを、もう一度メインの推論プロセスに再挿入する(再帰させる)ことをいう。再挿入するにあたっては「もっともらしさ」あるいは「めずらしさ」を重視する。記号学者のチャールズ・パースが提案した。私がながらく培ってきた編集工学では、このアブダクションが大活躍する。

これまでミュージアムというものは、地球の遷移、生物の進化と分化、技術の変遷、芸術行為の数々の成果、暮らしの変化、祭祀の道具立て、器具・機械・商品の多様性などを展示してきた。多くの生物たちが目的論的に進化したのではないように、新たな技術が登場してからそれが便利だと思えるようになってきたように、これらには、たいてい「もっともらしさ」あるいは「めずらしさ」を求めてきた成果がはちきれている。なかにはとんでもない失敗や説明のつかないものもまじっている。しかし、それもミュージアムは排除しないようにしたほうがいい。

ミュージアムは、実は人類文化のアブダクションの事例を蒐めて見せてきたパビリオン群だったのである。今後もこのことは続行されるだろうと思う。ということはミュージアムでは、来館者もアナロジー(連想)を愉しみ、アブダクション(仮説形成)の飛躍ぐあいに遊んでいただければいいということになる。もし角川武蔵野ミュージアムの展示が常識的なものばかりなっていたら、みなさん大いに文句をつけていただきたい。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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