角川武蔵野ミュージアム

館長通信

写真:中道淳

No.162021/08/15

インスタレーションの力

スマホ時代ではだれもが知っているようになにがしかの機械装置に入れた情報を使えるようにすることを「インストールする」という。コンピュータ・ワークではハードウェアにソフトやアプリを入れることがインストール(install)だ。最近ではメーカーが新たにサービス機能を加えたとき、これを自分のスマホに入れることもインストールというようになった。

インスタレーション(installation)はこのインストールが発展した言葉である。もともとは設置や取付けや組み立てを意味していた業界用語だったのだが、現代アートの変容のなかで、展示空間をさまざまな物体や装置や映像や音響などでインストールした状態にして、それをそのまま「作品」として見せることをインスタレーション・アートとよぶようになった。展示空間の構成自体が作品になるので、その中に鑑賞者が出入りできるようにもなったし、展示期間中に変化しつづける作品も登場するようになった。1970年代半ばに広がって、80年代に定着した。

インスタレーション・アートは多様である。初期には、サメをホルマリン漬けにして展示したダミアン・ハースト、オブセッションの感覚を同一オブジェの羅列や家具に託した草間彌生、美術空間に仮住まいしてみせたヨーゼフ・ボイス、吉原治良らの日本の具体派のパフォーマンス、写真の上にペインティングをしたりそのガラスへの転写を試みたゲルハルト・リヒター、人種・セクシャリティ・差別を影にしてみせたカラ・ウォーカー、アパートの部屋そのものや現地設営のプロジェクトを展示した川俣正、歴史的遺物の廃材などを組み合わせて寓意をあらわしたアイ・ウェイウェイ(艾末末)らが、先駆した。

多くのインスタレーションはテンポラリー(一時的)で、たいていはサイト・スペシフィック(設置場所に固有)なものだったので、最初のうちはその場かぎりの作品だったが、その後は美術館が常時展示するものになったり、コレクターが買い上げるようになった。

技術やコンピュータシステムを活用するインスタレーションも少なくない。宮島達男はLEDとデジタルカウンターを組み合わせ、ミン・ウォンは既存の映画を模倣したイミテーション映像をスクリーンや鏡にプロジェクトさせ、チームラボはオリジナルのCG動画と観客がインタラクティブにかかわれる展示を連打した。

では、インスタレーションは現代アートに固有なものかというと、そうとはかぎらない。インスタレーションが現実と仮想をまたいだ制作物というなら、そもそもマンガや映画やビデオやテレビがその実験をさまざまに先行させていたのだし、電子ゲームやVR(ヴァーチャル・リアリティ)のほとんどがユーザーに異空間体験を提供していた。

もっと広げていうなら、多様な商品をシーズンごとに並べたてているショップ空間や、着飾ったモデルたちがランウェイを行き来するファッションショーだって、またコンピュータ操作された画像と同期するように歌う Perfume のライブだって、インスタレーションなのである。

このように見てくると、実はショーヴェやアルタミラの洞窟画このかた、ルネサンスの壁画もダリの絵画も、フェリーニの『アマルコルド』やリドリー・スコットの『ブレードランナー』も、15秒か30秒で意外な効能のドラマを見せるコマーシャルも、インスタレーションの発芽だったことに気がつく。これからのミュージアムもこうした「インスタレーションの力」をいろいろ採り込むことになるにちがいない。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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