角川武蔵野ミュージアム

館長通信

写真:中道淳

No.132021/07/01

精霊・妖怪・おこころさま

このミュージアムの敷地にはいろいろの施設や仕掛けができている。隣接地を含めて、全容は「ところざわサクラタウン」というのだが、レストラン・うどん屋・コーヒーショップ・ラーメン屋があれば、本屋や雑貨店や1800名を収容するイベントホールもあるし、アニメホテルや千人テラスや角川グループの大きな社屋もある。

神社もある。武蔵野坐令和神社といってアマテラスとスサノオを勧進した。姉神と弟神だ。最初はミュージアムの地下に胎内めぐりのようにグロッタ(洞窟)めいて設計する予定もあったのだが、みんなが仰げる空のもとに鎮座することになり、プラントハンター西畠清順さんの生命樹や植栽に囲まれた。西畠植物哲学はかなり深いものだ。

隣接する公園には武蔵野樹林パークができて、デジタル・コンテンツ制作の革命児として注目されてきた猪子寿之さんのチームラボによる「どんぐりの森」が待っている。夕暮れには光と色が変化して、暗闇の中で森の精霊たちと遊べるようになった。

ミュージアムの中では「妖怪伏魔殿」が企画され、アマビエがエントランスホールにも外壁にも出現している。アマビエは徳川末期の熊本の海上にあらわれたという妖怪で、疫病や凶作の退散を祈るため、家々に飾られた。その後はアマビコとも天日子尊(あまひのみこと)とも称された。いまはコロナ退散のシンボルになりつつある。

ミュージアム外壁のほうのアマビエはアーティスト鴻池朋子さんの作品で、巨大な蝉凧のように壁にへばりつく皮トンビ(武蔵野皮トンビ)の姿をしている。私が大好きな作品だ。彼女は「目をつぶっても、そこにあるようなものを作りたい」と言ってきた。

そうなのである。私たちはいつも目に見えているものを相手にしてきたとはかぎらない。ペガサスもミノタウロスもユニコーンも、観世音菩薩も吉祥天女も天狗も河童も、銀河鉄道もバットマンもゴジラも、いずれも見えないものたちだった。神や仏がすでにして、見えなかったものなのである。人間文化はそういう見えないものをさまざまに可視化して、それらにひそむスピリットたちにとても大切なものを託してきた。

もともとミュージアムは、古代このかた「神々の知」を称揚し、そこにミューズ(女神)らが集い戯れて、何度となく宴を催し、何年にもわたってその地のスピリットたちと交歓する共感の場所のことだった。古代日本でも斉明天皇のころから巨石を組んだり、庭園を設えたりしたし、古代や中世のお寺は仏像をたくさん配したうえで、当時のミュージアム機能や図書館や学習センターを兼ねた。

スピリット(spirit)とは精霊のことである。お酒のことをスピリットと言うように、スピリットはいろいろな姿や形をとりながら、私たちを揺さぶり、元気をつけ、格別の想像力をもたらしてくれてきた。

このミュージアムの敷地サクラタウンには、これからも意外なスピリットや親しみやすいスピリットが続々登場してくるだろうと思う。最近私は、そういう身近になるスピリットのことを「おこころさま」と呼ぶようになった。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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