館長通信
写真:中道淳
No.112021/06/01
千夜千冊とブックナビゲーション
2000年2月からネット上に「千夜千冊」という本についての連載をしている。一夜一冊、一人一冊というシバリで古今東西の本を自由に紹介しようというもので、一人の著者は一夜しか登場できないようにした。
たとえばプラトンは『国家』に、法然は『選択本願念仏集』に、シェイクスピアは『リア王』に、新井白石は『折たく柴の記』に、ランボーは『イリュミナシオン』に、折口信夫は『死者の書』に、レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』に、小川未明は『赤いろうそくと人魚』に、ブルーノ・ムナーリは『モノからモノが生まれる』に、ポール・オースターは『ムーンパレス』に、白洲正子は『かくれ里』に、荒木経惟は『写真ノ話』に、ジョージ・ソロスは『グローバル資本主義の危機』に、押井守は『世界の半分を怒らせる』にした。
ジャンルにはこだわらない。難度も長さも問題にしない。紹介した本にケチはつけない。同じ版元の本を2夜続けない。これらもシバリにして、どんな本も紹介可能だと思って次から次へと採り上げてきた。始めた当初はネットで本の話をしていったいどのくらいのユーザーが読んでくれるのかと思っていたが、300夜あたりで70万アクセスに、800夜のころは300万アクセスになっていた。いまは1760夜を超えた。
書評ではない。ブック・ナビゲーションなのである。私が気になっている著者や作家やアーティストの本を選び、その言わんとしているところを時代背景やプロフィールとともに要約し、参考図版をふんだんに掲載して、ついでに参考図書もあれこれ組み込んだ。1夜につき10冊くらいの本を紹介しているので、都合2万冊ほどをナビしたことになる。
途中、1144夜までを一区切りにして、求龍堂から全7巻の全集「松岡正剛・千夜千冊」が刊行された。資生堂の福原義春さんが「ぼくが装幀するよ」と言ってまとまったものだった。1セット10万円をこえた高額セットだったけれど、2000セットがたちまち完売できたので驚いた。その後、角川文化振興財団の伊達百合さんのお勧めなどあって角川ソフィア文庫に入ることになり、これまでの千夜千冊を大胆に構成しなおして「千夜千冊エディション」というふうになった。
エディションというのは、本の並びを自在に再編成する、あらためてキュレーションしなおすという意味だ。2021年5月までに『本から本へ』『デザイン知』『文明の奥と底』『情報生命』『少年の憂鬱』『理科の教室』『芸と道』『心とトラウマ』『大アジア』『感ビジネス』『神と理性』『宇宙と素粒子』『仏教の源流』など、20冊が刊行されている。
千夜千冊とは「本にならないことは世界じゃない」「世界のことはすべて本で説明できるはずだ」ということを、あえて強めに提示するブック・オリエンテッドな試みである。当然ことながら、本が雄弁な鷲の飛翔やライオンの飛びかかりや鮮やかな孔雀の羽根模様になるのだが、それとともにそうした本と自在に戯れる読み手の側の愉快も提供されている。もともと読書は着脱自在で、コーディネートがたのしいファッショナブルな遊びなのである。自分に似合う「本による服装」が選べるのが一番だ。
ぜひ、千夜千冊や千夜千冊エディションの中から自分に似合う「本装」を試してほしい。もっとそのことを立体的にリアルに愉しみたいときは、角川武蔵野ミュージアムの「エディットタウン」ブックストリートに来てほしい。あのET棚には多くの千夜千冊がキーブックとして配架されて、みなさんに「着てもらう」ために待っている。
角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)