角川武蔵野ミュージアム

館長通信

写真:中道淳

No.082021/04/15

共生する妖怪/警告するアート

ミュージアムにはいくつもの顔があり、いろいろの部屋を覗けます。それぞれ違って見えるかもしれませんが、何かが呼応しています。

昨年11月のグランドオープンから1階のグランドギャラリーでは荒俣宏監修による「妖怪伏魔殿2020」が、4階のエディット&アートギャラリーでは「米谷健+ジュリア だから私は救われたい」展が開かれています。二つは別々の展示ですが、実は深くつながっています。

1階の「妖怪伏魔殿2020」は日本の妖怪たちがさまざまに乱舞する驚天動地の展示になっていて、なぜ人間が妖怪のような奇妙な形や変な力をもつものを思いついたのか、つまりはいろいろな「お化け」を想像するようになったのか、その顛末が日本各地の伝承と表現物とともに見られるようになっています。20代半ばからずっと私の友人でもあった荒俣宏さんが満を持して、日本人の想像力の根っこに何があるのかを問うた展示です。

たいへん盛りだくさんで、展示の最後ではなんと妖怪たちと電子盆踊り「妖怪盂蘭盆会」で遊べます。ミュージアムが開館とともに全国の妖怪に集まってもらうのはめずらしいことでしょう。

4階の「米谷健+ジュリア」展は、米谷健さんとジュリアさんの二人が現代社会を蝕んできた「不安」の正体に向かったアート展です。二人は京都で自然農法の野菜栽培などをしつつ、世界と人間がどんなふうに傷ついているかを訴えてきたアーティストです。

暗い会場に入ると、ウランガラスで細工された美しいシャンデリアや巨大な蜘蛛が天井からぶら下がって緑色に光っています。真ん中には長いテーブルがドーンと置かれ、そこに「最後の晩餐」に似た料理や果実や器などが所狭しと並んでいるのですが、それらはすべてが真っ白です。「塩」で作ってあるからです。われわれの社会が原子力や海の汚染(そのひとつが塩害)や食品遺伝子操作などで汚染されていることが、静かに伝わってくる展示です。

ウランガラスでできた巨大蜘蛛は、ウラン採掘がおこなわれていた岡山県人形峠に伝わる大蜘蛛伝説にもとづいているそうです。かつて、そのような伝説や伝承が日本各地にひしめきあっていて、それらが河童や一つ目小僧や猫又やノッペラボウなどとして語られてきました。妖怪やお化けになってきたものには、当時のなんらかの警戒や警告が暗示されていたかもしれません。

水木しげるのマンガがそういう世界を描いていたように、人間と妖怪は化かしあったり、遊びあったり、闘いあったりしてきたようです。天狗のような妖怪は人間の村に出てきてはいたずらをしたもので、互いにそこそこ共生してきたのです。では社会と原子力、漁村・農村の日々と塩害、コロナ・ウイルスとわれわれは共生できるのでしょうか。すでにわれわれの体の中には共生しているものたちがいっぱいあります。たとえば大腸菌はそのひとつです。

米谷健+ジュリア展には2020年の新作も展示されています。コロナ・パンデミック中に制作された《Dysbiotica》と題されたその作品は、大腸菌がバランスを失った状態にヒントを得て磁器土の部分で組み合わさった作品ですが、その部分品一つひとつが微生物や珊瑚のようなパーツで覆われて、白化しているところをあらわしています。

珊瑚は共生している褐虫藻が生きられなくなると死んでしまいます。光合成ができない珊瑚は死に体なのです。「妖怪伏魔殿2020」にもたくさんの死に体の妖怪が陳列されています。それらは半ば作り物ですが、人々は死に体の姿を想像して、そうした造形を試みたのでした。いつの世にも想像されたアート群がありうるのです。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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