角川武蔵野ミュージアム

館長通信

写真:中道淳

No.072021/04/01

本棚劇場と紅白歌合戦

昨年の大晦日のNHK紅白歌合戦で、YOASOBIが本棚劇場でのパフォーマンスをお目にかけました。「あそこは、いったいどこだろう」とびっくりした視聴者も多く、当館のミュージアムサイトにもたくさんのアクセスが寄せられました。おかげで大反響でした。

YOASOBIはボーカロイドプロデューサーのAyase君とシンガーソングライターのikura(幾田りら)ちゃんが、ソニーミュージックの小説&イラスト投稿サイトに届いたものから好きな物語を選んで楽曲をつくるというもので、紅白歌合戦では初めて「夜に駆ける」がナマ披露されました。紅白当夜はキーボード、ギター、ドラム、ベースなどのサポートメンバーも加わっての、とてもファンタジックなパフォーマンスになりました。

テレビカメラがブックストリートを抜けて高さ8メートルの本棚劇場に及ぶと、そこは本たちがいっときの夜会を人知れず開いている「YOASOBIの宴」になっていたという設定でした。本と電子映像と歌と音響とリズムで、本棚劇場がまるまるディスコしているようになっているのを見るのは、とても愉快な気分でした。

いまや初音ミクのようなボーカロイドが歌をうたう時代です。ボーカロイドはヤマハが開発した音声合成技術のこと、ユーザーが入力するスコアエディタ、歌声ライブラリ、合成エンジンなどからできています。これにクリエイター集団のクリプトン・フューチャー・メディアが対応して、年齢16歳・身長158センチ・体重42キロの緑色の長い髪をもった女子をヴァーチャル・キャラクターに仕上げたのが初音ミクでした。すでに各地でCG映像をステージングさせるリサイタルを開いています。Ayase君はその初音ミクの歌の作曲を提供もしていたようです。

ボーカロイドは楽曲と歌とキャラクターをいくらでも入出力できる「小さなデジタル・ミュージアム」と言えますが、ふりかえってみれば、そもそもレコードやテープレコーダーやCDやDVDが、歌や楽曲や関連映像のミニミュージアムだったのです。このことはフリードリヒ・キットラーの『グラモフォン・フィルム・タイプライター』(名著です)やポール・レヴィンソンの『デジタル・マクルーハン』などが予告していたことでした。私たちは音楽や歌声や映像を何度でも復元できる装置をさまざまなメディア機器を活用して、ずっと活用してきたのです。

ミュージアムは大きな建物の中や室内空間で展示されるものとはかぎりません。当初は征服者や教会や資産家の大コレクションがミュージアムでの展示の原型をつくっていたのですが、そのうち写真撮影され、カタログができ、図録集や全集になり、マイクロフィルム化され、さらにデジタル映像に収められるようになると、ミュージアムはまるごとコンピュータ・システムの中に入るようになったのです。

もちろん、これをどのように再生して見るのかということがないとミュージアムとはいえないのですが、そのうちVRやARが登場してきて、難問を少しずつ解決していきました。5Gが汎用されるようになれば、スマホの中で好きなミュージアムが愉しめるようになるかもしれません。

こうしたことは既存のミュージアムを危機に向かわせるでしょうか。私はそうは思いません。むしろリアル&ヴァーチャルなミュージアムの複合化が進んで、もっと愉快なミュージアムが見せられるようになると考えます。ミュージアムにはデジタルな夜会や宴が必要なのです。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

Pagetop