館長通信
写真:中道淳
No.052021/03/01
コロナの中のミュージアム
いまだに新型コロナ・ウイルスによる感染が収まりません。角川武蔵野ミュージアムも開館早々から入場制限をしたり、休館期間を挟んだり、感染予防対策をお願いしたりすることになって、来館をたのしみにしていただいているみなさんに大変なご迷惑をかけています。予定していた海外クリエイター集団による大型アートエキシビジョンも、スタッフなどの来日が適わず、やむなく延期いたしました。イズレお目にかけられると思いますが、いまのところは日時は未定です。
世界中をコロナ・パンデミックの波がうねっているのです。ようやく何種類かの成分と効能が異なるワクチンが用意されましたが、このウイルスは変異が激しく、はたしてこれらのワクチンが世界各地に集団的な免疫抗体を次々につくりだせるかどうかといえば、予断を許しません。いつまで予断が許されているのかはWHOだってわかりません。私たちはいささか長めの試練を余儀なくされることになったのです。
いったい何の試練を受けているのでしょうか。きっとウイルスとの「それなりの共存」を理解することを試されているのだろうと思います。
実はウイルスは生きものではありません。細胞をもっていないので、生物学では生物とは認定していません。しかし「情報」をもって動いているので、いわゆる物体とか物質体だとも言えません。そこでとりあえずウイルス粒子(ビリオン)と呼ぶことになったのですが、そのウイルス粒子は活性力のある遺伝情報という「情報」をもっているのです。
この情報は核酸の記号でできています。ふつうの生物はその遺伝情報を自分の細胞の中で自己複製して自分に似た仲間をふやすのですが、ウイルス粒子には細胞がないので、情報を複製するためには適当な「他人」の生物の体に入りこんで、その生物の細胞を借りて複製するしかありません。
新型コロナ・ウイルスは疫学的にはRNAウイルスとよばれるもので、最初は鳥やコウモリやセンザンコウなどの野生動物の細胞に入って「力」をつけ、あるとき何かのきっかけで「人間」の細胞を選んで入りこみます。このとき私たちの体に免疫反応の不具合がおこって感染症が発症するのです。
国際的な疫学機関は、動物だけに感染していたウイルスが人間に入りこんで変異したとき、このウイルスを「新型」と名付けたのですが、むしろ「変型」(へんがた)と言ったほうかいいかもしれません。
こういうふうになった状態を「ズーノシス」(人獣共通感染状態)といいます。現在、コロナ・ウイルスはこのズーノシス状態で世界中に広がって、パンデミックをおこしているのです。
しかしあらためて深くふりかえっていえば、もともと地球は遺伝子・ウイルス・菌類・植物・動物・人間が共存しているズーノシスだったのです。ここには等しく共通する「情報」の群が頻繁に行き来してきたのです。ただ人間は古代このかた文明と技術をつくりあげて、病気の退散に乗り出し、猛威をふるったペストや天然痘などと闘うためさまざまなウイルス対策に果敢にとりくんできたので、このズーノシスの輪にしだいに医療・薬剤・看護・データ環境を加えることになりました。
コロナ・パンデミックは、これからはこの輪に家庭や会社を、また学校や劇場やスタジアムを加えることを促しているのです。私はミュージアムもまたこの輪の中に入っていくべきなのだろうと見ています。21世紀のミュージアムはとりすました「知と文化の殿堂」ではいられなくなっているのです。けれども学校や商店やスタジアムがズーノシス環境に整えられるのが容易ではないように、この試みには時間がかかるかもしれません。みなさんのご協力をいろいろお願いすることになると思います。
角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)