角川武蔵野ミュージアム

企画展/イベント/ライブラリー

Photo:Kenshu Shintsubo

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武蔵野3万年クッキング 展示解説

武蔵野台地のすべてが台所!旧石器時代の名物料理季節の素材の石蒸焼

埼玉県三芳町の藤久保東遺跡では、富士見江川の旧河道沿いに石器や、赤く焼けたり、煤がついた石が集中する場所(礫群)がみつかっています。約2万年の間に石器集中地点は約70ヶ所、調理をした痕跡と思われる礫群は約50ヶ所もありました。焼けた石(被熱礫)は調理に使われたものと思われます。熱した石の上に植物の葉で包んだ食材を置いて、上から土などをかぶせて蒸焼にする石蒸焼料理が行われたと思われます。
約3万年前、武蔵野台地は寒冷な氷河期でした。トウヒ属・モミ属が主体の亜寒帯針葉樹林が広がっていたことでしょう。温暖な九州と違ってナッツ類はあまりなかったでしょうから、狩りによる肉類は食事のメインだったろうと思われます。藤久保東遺跡からは狩りに使う槍先に使った石器、皮をなめすための石器、切る、穴をあけるための石器もたくさん見つかっています。

写真左 藤久保東遺跡の31000年前の被熱礫の出土状況(画像提供:三芳町立歴史民俗資料館)
写真右 石蒸焼料理(復元、撮影:野口 彈)

水子貝塚の海の幸 旨みたっぷり貝スープ

約19000年前に寒冷な気候(氷期)が終了し、温暖化によって海水面が上昇を始めます。埼玉県富士見市の水子貝塚が栄えた6000年ほど前には、武蔵野の低地は川からの土砂で埋め立てられた遠浅の海となり、豊富な貝を求めて台地の上には住居が作られ、食べた貝殻を捨てた貝塚が作られていきます。温暖な気候によってクルミやクリ・トチ・カシ類など食べることのできる木の実をつけた森もできました。
水子貝塚は、中央の広場を囲むように直径150mほどの円上に、5〜10軒ほどの住居が作られ、建て替えられながら200年ほど続いた縄文時代の村です。古い住居には食べた後の貝殻が廃棄されて巨大な貝塚が形成され、200年の間に約100軒の住居が建てられました。
貝塚の大半を占めているのはヤマトシジミで、これは淡水と海水の混じる、河口のような汽水域に住む貝です。このほかにマガキやハマグリといった海の貝、オオタニシやカワニナという淡水の貝も見つかっています。また、クロダイやスズキ、ハモなどの魚類、イノシシやシカ・鳥類などの動物の骨も見つかっています。オニグルミ・クリ・ドングリ類(シイ・コナラ・クヌギなど)といった木の実、ヤマノイモなどの食べられる植物や、狩りの獲物も季節の貝のスープと一緒に食べていたのでしょう。

写真左 水子貝塚 第16号住居跡内の貝層(部分、水子貝塚資料館所蔵)
写真右 写真右 貝のスープ(復元、撮影:野口 彈)

下宅部遺跡の木の実のクッキー・ヤブツルアズキのお汁粉

東京都東村山市の下宅部遺跡は北に狭山丘陵、南に北川の旧河道と低湿地がある縄文から平安時代の遺跡です。縄文時代後・晩期(約4000~3000年前)の層からは、縄文土器・石器・丸木舟・弓・木製品・漆製品・カゴなどの編物・シカやイノシシの骨・多彩な植物類がみつかっており、縄文時代の環境や人々の暮らしの様子を知ることのできる貴重な遺跡です。このために392点の出土品が2020年に国の重要文化財に指定されています。
食に関する資料として、トチノキの実・クルミ・カシ類の実(ドングリ類)・ニワトコやササゲ属のマメや鱗茎を煮た痕跡のある土器、アサの実、エゴマ、ヒョウタン、ヤマグワ、シソなどがあり、多彩な植物を栽培・利用していたことがわかっています。
クリやオニグルミ、トチの実は、すりつぶしてヤマイモなどを混ぜて焼いたいわゆる「縄文クッキー」や、アズキの仲間、ヤブツルアズキのお汁粉などを狩の獲物とともに食べていたかもしれません。

写真左 下宅部遺跡の第1号トチ塚の様子(画像提供:東村山ふるさと歴史館)
写真右 下宅部遺跡の木の実のクッキー・ヤブツルアズキのお汁粉(復元、撮影:野口 彈)

税や給与でもあった貴重な食材、東の上遺跡の米の飯 東の上遺跡

埼玉県所沢市の東の上遺跡は幅12mもある古代の官道、東山道武蔵路(7世紀後半)がみつかったことで有名な遺跡です。この道は14㎞ほど南の武蔵野国府まで続いていたようですが、東の上遺跡の奈良・平安時代の集落からは、硯や墨書土器、帯金具、漆紙文書など古代の役所に関係した資料が多くみつかっています。
この遺跡の8世紀後半の掘立柱建物の柱穴からは、大量の炭化米が出てきました。米を蓄えていた倉庫が焼けたあとに、新たな建物を建てるために掘られた柱穴に入り込んだと思われます。
この時代の米は税として取り立てられるものであり、給与として官人に支給されるものでもありました。主にうるち米が食べられていたと思われますが、この時期はまだ甑(蒸器)で米を調理していたようです。のちに鉄鍋が使用されるようになってから、現在の炊飯方法に近いやり方で米飯が炊かれるようになったと思われます。

写真左 東の上遺跡〈所沢市指定文化財(史跡)〉の東山道武蔵路の様子(東の上遺跡36次調査より、 画像提供:所沢市立埋蔵文化財調査センター)
写真右 東の上遺跡の須恵器に盛られた米の飯、汁、塩(合成写真、撮影:野口 彈)
下宿内山遺跡出土の炭化米
東京都清瀬市の下宿内山遺跡からは、江戸時代初期の大型掘立柱建物などが発掘されており、これは天正19年(1591)~寛永11年(1634)までこの地を統治した太田清政・助重親子の陣屋と推定されています。
徳川家康は天正18年(1590)に関東に移封されるにあたり、領内各支城に1万石以上の家臣を、江戸周辺部の各地に代官や旗本をそれぞれ配置していますが、この下宿内山遺跡は、この時期の旗本陣屋と推定されます。左の写真はこの陣屋の遺構の穴から出土した炭化米の塊です。もしかするとおにぎりだったのかもしれません。
写真 炭化米(下宿内山遺跡出土、清瀬市郷土博物館所蔵)

落葉の堆肥で育てた三富自慢のスイーツ ベニアカ蒸かし芋

武蔵野はかつて一面の原野であり、近世の新田開発によって新しい農地が作られたものの、川沿いのわずかな土地をのぞけば、大半の土地は水稲栽培にはむきませんでした。このため、近代まで麦とサツマイモが主要な作物でした。
青木昆陽が薩摩からサツマイモの種芋を取り寄せてから16年後の寛延4年(1751)、所沢の南永井の弥左衛門は、上総国志位津村(千葉県市原市)の長十郎からさつまいもを買っています。*その約50年後に書かれた『新編武蔵野国風土記』によると、この地方の農家がサツマイモを栽培し、薪とともに江戸に出荷して収入を得ています。土が軽く、サツマイモの栽培に適していた三芳・所沢市付近で作られたサツマイモは、川越に集められ、そこから出荷されたために「川越芋」として知られるようになりました。江戸では当初蒸して食べていましたが、18世紀末には焼芋が売られるようになります。「川越」の芋は特に美味とされました。ベニアカは明治31(1898)年、さいたま市の山田いちという女性が自分の畑で発見した品種です。紅く、口当たりの良い芋としていまでも大事に育てられています。

写真左 ベニアカ(撮影、撮影:野口 彈)
写真右 サツマイモの運搬に使われたサツマカゴ(三芳町立歴史民俗資料館所蔵)

*南永井の名主、吉田徹四郎家の古文書「さつまいも作り初めの事」によると、江戸木挽町の川内屋八郎兵衛の世話で上総国志位津村(千葉県市原市)の長十郎からさつまいも200を500文で買っています。

じっくり煮込んだ丸麦のごちそう オバク

1950年代まで、埼玉県は全国1位の麦類の収穫量を誇っていました。
畑で栽培できる麦は大事な主食であり、大麦は丸麦や挽きわり麦、押麦にして貴重な少しの米に加えて麦飯に、小麦は小麦粉にしてうどんにしました。朝食と昼食が麦飯、夕食はうどんにして、米をなるべく食べないようにしたのです。
普段のうどんは具沢山の汁にそのまま加えて煮込んで食べるものでしたが、人が集まるときには、だし汁を添えたうどんが供されました。貴重な油で炒めた鶏肉やきのこを加えただし汁や、天ぷらがつけば大変なごちそうです。長時間石臼でひいて、粉フルイでふるってやっと得る小麦粉で作るうどんは、手間のかかる上等な食べ物でもありました。
武蔵野の各地に残るご当地うどんなどは、この地に残る麦の文化の結晶のような食べ物といえます。

写真左 オバクとネギ味噌、漬物(復元、撮影:野口 彈)
写真右 小麦(農林61号)の穂(埼玉県所沢市坂之下 2021年)

石臼で作る地粉 ハレの日のごちそう 糧うどん

小麦粉食、麺文化は武蔵野の食に深く根付いています。武蔵野のつけうどんは、丁寧にとった出汁と茹でた野菜「糧(かて)」が添えられています。結婚式など祝事のしめには、「つるつる かめかめ」と縁起が良いとして、このうどんが出されます。日々の夕食にもうどんが好まれました。
今は外食や市販のうどんがほとんどですが、以前は各家庭で当たり前にうどんがうたれていました。のちには製麺機も使われています。
埼玉県農事試験場は昭和11(1936)年に国内で製造・販売している製麺機の性能審査をしていますが、家庭用製麺機は7社が応募しており、そのうち4社は鋳物で有名な埼玉県川口市のメーカーでした。昭和期にはこの家庭用製麺機がかなり普及していたようです。

写真左 糧うどん(復元、撮影:野口 彈)
写真右 うどんうちの様子(埼玉県飯能市)1975年頃 画像提供:大舘 勝治
開催期間 2021年11月16日[火] 〜 2022年02月13日[日]
開催エリア 5F 武蔵野ギャラリー
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