館長通信

No.162026/4/15

大和ミュージアム・リニューアルオープン

当館の館長を拝命して以来、各地のミュージアムに関心を持つようになりました。これからも折に触れて、各地のミュージアムを紹介していきます。今回は、広島県の施設です。

広島県呉市にある「呉市海事歴史科学館」。と言ってもピンときませんね。一般には「大和ミュージアム」として知られています。かつて日本海軍の「戦艦大和」を建造したのは呉市の海軍工廠。ここにオープンした「大和ミュージアム」には戦艦大和の10分の1のサイズの模型が展示してあります。入館者は、その威容に圧倒されるでしょう。

大和ミュージアムが開館したのは2005年のこと。全面リニューアルを果たして、今年4月23日に再オープンします。

戦艦大和を生み出したことには多くの呉市民が誇りを持っています。私はかつてNHK呉通信部に勤務していたことがあり、呉には特別な愛着があります。そんなこともあり、先日、リニューアルオープンを記念してのシンポジウムに出席してきました。

その一方で、複雑な気持ちにもなります。それは、戦艦大和が、その実力を発揮することなく、沖縄戦への特攻として出航後、米軍機の攻撃によって、多数の乗員と共に沈んでしまったことです。そのことを悲しむときに、「実力を発揮することなく」と表現すると、「戦争で実力を発揮した方が良かったのか」という批判を受けかねません。「戦争で実力を発揮する」とは、相手の将兵を多数殺害することを意味してしまうからです。戦争とはそういうものだと言ってしまえばそれまでですが、戦艦大和が多くの日本人から愛されたり、哀切の思いを抱かれたりするのは、活躍の場を持つことなく沈んだことも一つの要因ではないでしょうか。

アニメの「宇宙戦艦ヤマト」がヒットしたのは、そんな悲劇の大和をヤマトとして地球のために活躍させようという発想が心に響いたからでしょう。

戦艦大和のことを思うと、明治以降の日本の技術水準の高さを思う一方で、そうしたハードを使いこなすことなく多くの若者を死地に赴かせた日本軍の幹部たちの無能さも感じてしまいます。

このミュージアムの館長は、海軍の歴史に詳しい戸高一成氏。まさに館長としてふさわしい経歴を持っていますが、最初に「大和ミュージアムの館長になってほしい」という要請を受けたときには、「平和都市広島を抱える広島県の呉市にですか!?」と驚いたそうです。まるで旧軍を称揚するかのような施設を造るのかと思ったからでしょう。

でも、戸高氏の努力により、大和ミュージアムは、日本の技術の素晴らしさと共に、悲劇の最期を迎えざるをえなかった歴史を冷静に見ることができる施設となりました。

戸高氏は、こう書いています。「戦艦大和を中心とした展示でありながらも、じっくりと見ていくことによって、技術というモノが持つ素晴らしい一面と同時に、多くの悲劇を生む要素をも持っているのだ、と言うことが伝わってきます。

大和ミュージアムの展示は決して面白いだけの簡単なモノではありません。技術・戦争・平和、こういった重い内容を持ったテーマと真剣に取り組んでいるのです」

戸高氏の覚悟に、ミュージアムの役割の大切さを感じます。当ミュージアムとは全く様相を異にする施設ですが、観覧者にじっくりと考えてもらう機会を持ってもらうという点において共通するものを感じます。

角川武蔵野ミュージアム館長
池上 彰

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