館長通信

No.062025/06/15
若者たちのミュージアム探検
先日、東京科学大学の在学生と卒業生たちが当ミュージアムを訪問してくれました。題して『池上館長と角川武蔵野ミュージアムで、「ごちゃまぜ」の知に触れる!』
東京科学大学になった旧東京工業大学で、私は2012年から講義を持っています。と同時に毎月読書会を開いていて、ここに参加している諸君が「角川武蔵野ミュージアムを見たい」と言い出して実現しました。
ふだん東京科学大学の学生諸君は横書きの理工系の論文を読むことが多く、なかなか縦書きの小説や社会科学、人文科学の書籍を読む機会がありません。そこで毎月、私が「東京科学大学の学生が自分からは手に取らないであろう」という本を選んで読書会を続けているのです。
当初は毎月一度日曜日に大岡山キャンパスに開いていましたが、コロナ禍で対面での開催することが困難になってからはリモートで開催しました。この方法だと海外の大学に留学中の学生も参加できました。コロナ禍が収まったいまは、対面とリモートのハイブリット方式になっています。東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して東京科学大学になってからは、旧東京医科歯科大学の学生も参加してくれています。
今回は77回目の読書会を兼ねての開催でした。課題図書は松岡正剛・初代館長の書『千夜千冊エディション 編集力』(角川ソフィア文庫)です。松岡氏が提唱した「編集工学」とはどういうものか、ミュージアムの「ブックストリート」を見学してから議論を始めました。
読書会のメンバーだけあって本好きが多く、膨大な本が並ぶブックストリートを見た諸君の興奮すること。中には這いつくばって書棚の一番下から次々に本を引っ張り出す諸君もいました。
松岡氏の本の並べ方は独特です。通常の図書館では「日本十進分類法」にもとづいて書籍が整然と陳列してありますが、松岡方式ですと「記憶の森へ」や「むつかしい本たち」や「日本の正体」、「男と女のあいだ」など9つの分類となっています。「むずかしい本たち」ではなく「むつかしい本たち」という表記には微苦笑を禁じえません。松岡ワールド全開です。
しかも、そうした本は、一見乱雑に置かれているように見える形で置いてあります。誰かが読みかけの本が置きっぱなしになっているように見えるのが刺激的です。
ここを見た参加者の感想は、以下のようなものでした。「学問のカテゴリーにとらわれない分類は刺激的だ」「本を連想でつないでいくのは新鮮だ」等々から始まって、「動的な本の配列だ」「本が騒がしい」という表現までありました。「本が騒がしい」とは言いえて妙ですね。
ある学生が「死とは何かという本を発見して、あと2か月で大学を卒業する自分は学生としての死を迎えるのだと思った」という思わぬ告白をすると、すかさず他の学生が「留年という延命措置もあるよ」と突っ込みを入れます。
ある卒業生は、「今度は一人で来たいです」とポツリ。そう、誰にも気兼ねすることなく本の森で探検を続ける。時間を忘れる体験ができます。家族連れでも友人と連れ立ってでも、カップルでも、そして一人でも。それぞれの立場で楽しめる場所です。帰るときには、猛烈に本を読みたくなっていることを保証します。
角川武蔵野ミュージアム館長
池上 彰