館長通信

No.182026/7/15

現代に自然と共生することの難しさ

自然との共生。美しい言葉です。ふだん都市での生活をしていると、たまには大自然の中でゆったりとした生活をしたいものだと思います。でも、私も含め年配の人たちは、かつての「自然との共生」がどんなものだったか、忘れてしまっているのではないでしょうか。

どいうのも最近、「自然との共生」をテーマとしたビデオ作品の収録に出演したことで、昔を思い出したからです。

作品は、神奈川県中部に残る古民家で収録しました。若い出演者を前にして、「カーボン・ニュートラル」や「生物多様性」などについてレクチャーしていたのですが、その最中に大量の蚊が襲撃してきます。スタッフが用意してくれた蚊よけスプレーで腕や首、足首などに噴霧するのですが、収録が一段落するたびに、若い出演者が「蚊に刺された」と悲鳴をあげます。とうとうスタッフが蚊取り線香を買いに走り、懐かしい香りの中で収録を続けました。

当初は古民家の庭先で収録していたのですが、後半は畳の部屋に移動して会話を続けていたところ、スタッフのひとりが畳の上にいるムカデを見つけて悲鳴を上げました。慌てて退治しようとするスタッフ。すると、出演者のひとりが「生物多様性を守らなくていいんですか」と一言。思わず納得してしまいました。

収録は外が暗くなっても続きます。すると、天井の電灯に集まる無数の虫たち。「ああ、そうそう、昔はこれが当たり前だったなあ」と懐かしく思い出すのですが、虫たちが邪魔なこと。なんとか追い払おうとします。

そこで気が付きました。これが「自然との共生」なのだ、と。

私が子どもの頃、日本はまだ貧しく、衛生状態も貧弱で、室内には蠅が飛び回り、食卓に並べられた食事に蠅が寄りつかないようにするのに一苦労。天井から蠅取り紙をぶら下げていました。

夏場、寝るときには蚊帳を吊っていました。蚊帳の中に入るときは、蚊も一緒に入らないように素早く行動。それでも蚊帳の中で「ぶーん」という蚊の羽音を聞くと、がっかりしたものです。

それが、いつしか蠅が姿を消し、家の中では蚊に刺される心配も減りました。家の中でムカデを見ることもなくなりました。ゴキブリは顔を出しますが。

夏場、トイレに入ると、目の前でコオロギが鳴いていました。最近の若者たちは、コオロギをゴキブリと誤認して叩き潰してしまうとか。

いやいや、住宅の気密性が高まったので、トイレにコオロギが入って来なくなったのですが。

私たちは、人間の生活にとって邪魔な虫たちを退治したり、遠ざけたりして快適な生活を確保してきました。真夏でもエアコンを使えば汗もかきません。そのような、自然を徹底的に退けて生活していながら自然を懐かしむ。なんとも勝手な話です。

生物多様性を確保するということは、ムカデの出没にも我慢すること。蠅を退治することにも遠慮が必要なこと。「カーボン・ニュートラル」を実現するには、エアコンに頼らないこと。

自然との共生とは、容易ならざることだと思い知らされましたが、それでも作品の収録が終わって外に出たとき、漆黒の闇が迫ってきました。そうそう、夜は暗いのです。暗闇に目を慣らし、蠅や蚊を払いのけながら夜道を歩く。これが自然との共生。懐かしいけれど、あの時代には戻りたくはない。でも、時に懐かしくなるのも確か。言葉で「自然との共生」と唱えるだけでなく、覚悟を決めて自然との共生を考えなければいけない。そんなことを痛感した古民家での経験でした。

角川武蔵野ミュージアム館長
池上 彰

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