館長通信

写真:中道淳

No.502023/01/15

石鹸、ゼンマイ、糠床、月見うどん

私の本にはちょっと変わった本がある。本はどんなものも少しは変わっているけれど、ここに紹介するものは、私の編集力のヒミツを漏らすようなところがあって、このミュージアムのありかたとも関係しそうなので、いささか宣伝めいた話になるけれど、あえてお披露目したい。3冊ある。

ひとつは『雑品屋セイゴオ』(春秋社)だ。これは私が少年時代にフェチした物品を好きに列挙して解説したもので、80年代にSF雑誌に連載したものを増補してリリースした。歯ブラシ、火鉢、オリーブ油、かたつむり、分度器、自転車、キンカン、虫籠、ゼンマイ、天狗、月球儀、石鹸、鉱物標本、カーボン紙などがずらり並んで出てくる。私のオブジェ感覚を表明してみた。

私には、しばしば「才能を開発するにはどうすればいいですか」という問いがくる。いろいろの方法はあるけれど、大いに奨めたいのは「少年少女期に好きになったもの」を思い出して、なぜ自分はそれがすきだったのか説明してみることである。「忘れているもの」が時を超えて再び宿ってくると、才能が動きだすものなのである。

ひとつは、ドミニク・チェンと対談した『謎床』(晶文社)だ。発想や思考のカケラを漬物をつくるように糠床(ぬかどこ)に入れておくにはどうすればいいか、とくにその糠床で味がついた発想をITやAIプログラムにいかすにはどうするかという話を、二人で縦横に交わした。ドミニクは私より35歳以上年少だけれど、すばらしい電子情報感覚の持ち主なので、ぞんぶんに「知の発酵術」を交換できた。

発想をITにいかすには、植物にとっての土壌、発明にとっての実験室、さまざまな素材をまぜるための坩堝のようなものが必要になる。既存のIT開発ではそれをOSにしてきたが、ドミニクも私も新たな発想の着床には「謎を入れ込んでおく謎床」を用意するのがいいという結論を出した。とくにカンパニーやチームは謎床を用意したほうがいい。本書はそこを縦横に語りあった一冊になっている。

ひとつは『見立て日本』(角川ソフィア文庫)だ。これは週刊誌のグラビアに2年ほど連載した「コンセンプト・ジャパン百辞百景」を新たに再構成したもので、日本中のさまざまな光景のカラー写真に触発された私が、日本の社会文化にとって重要なコンセプトをもって切り込んでみた。苗代、結界、あわせ、道行(みちゆき)、サムライ、化粧、面影、ちぎり、番(つがい)、棟梁、吹き寄せ、借景などなど、120ほどのアイテムを切り出している。

「見立て」は日本的な表現には欠かせない。日本人は見立てが大好きで、万葉時代からこの手法を得意にしてきた。ただ、どのような見立てが日本を象徴してきたのか、あまり知られていない。しかしたとえば、月見うどん、親子どんぶり、花見だんご、きつねうどんは、すべて見立てによるネーミングなのである。本書はそこを引き出そうとした。

以上の3冊は、私の編集力のヒミツをいくぶん愉快に感じていただけるものだろうと思う。ミュージアムの展示にもこの方法は応用されている。何かのお役に立てればありがたい。

角川武蔵野ミュージアム館長
松岡正剛
(Seigow MATSUOKA)

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